ちばの酒のこと

ちばの酒のこと

◆野田・窪田酒造「勝鹿」「本ミリン宝船」
◆大原・木戸泉酒造「古今」「AFS」
◆銚子・飯田酒造「徳明」「寿慶」
◆横芝光・斉藤ワイナリー「ヤマソービニヨン」
◆松尾・寒菊銘醸「寒菊」
◆大多喜・豊乃鶴酒造「大多喜城」
◆勝浦・吉野酒造「腰古井」
◆富津・和蔵酒造竹岡蔵「聖泉」
◆御宿・岩瀬酒造「岩の井」
◆松尾・はなの友「はないちもんめ」

◆蓮沼・守屋酒造「舞桜」
◆松ケ谷・梅一輪酒造「梅一輪」
◆銚子・石上酒造「銚子の誉」
◆酒々井・飯沼本家「甲子」
◆神崎・寺田本家「五人娘」
◆神崎・鍋店「仁勇」
◆佐原・東薫酒造「東薫」
◆佐原・馬場本店酒造「海舟散人」



千葉県における清酒製造業の歴史は古く、寛永年間(1624年~1643年)に一軒、
元禄年間(1688年~1703年)に3軒が創業したと伝えられています。

元禄年間、利根川、江戸川の水運を利用し、高瀬舟によって江戸へ城米、蔵米など、
領主荷物の輸送が行われていましたが、明和、安政年間(1764年~1860年)になると、
県内の商い荷物、特に銚子、九十九里の海産物や水郷穀倉地帯の佐原、神崎の酒が、
すでに江戸に輸送され、その取引を通じて北総に多くの酒造を営む豪商が生まれました。

また、東京湾の交通で有名な木更津五大力船は、幕府から輸送権が与えられたもので、
江戸日本橋に舟着場が設置されて、小櫃川の流れを利用し木更津に集まり、
房総半島中央部の物資が江戸に送られると同時に、江戸からの文化が
木更津周辺にも急速に伝流され、その刺激を受けるようになりました。
このような繁栄を続ける元禄年間、幕府は酒屋運上制(酒税制度)を取り、
企業としての酒造りが房総(安房、上総、下総)の地にも興り、
各地の豪族、名主、地主などが次々に醸造を始めたものと考えられます。
(千葉県酒造組合より)
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by chibanokoto | 2012-03-11 15:14 | ちばの酒のこと  

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