行徳の常夜灯のこと

市川市の京葉道路と交差する辺りで分岐する、江戸川(放水路)と
旧江戸川(本流)。旧江戸川を少し下れば右に葛西臨海公園、
左にディズニーランド、正面は東京湾であります。
旧江戸川に入ってしばらくすると、整備された公園に辿りつきます。
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そこに立っているのが行徳の常夜灯。
松尾芭蕉、小林一茶など著名人も利用したという、
行徳船の船着場の目印です。

市川市の資料をいろいろ見てみたところ、
江戸時代、日本橋の河岸から隅田川、中川、江戸川を運河で結び、
江戸の町に物資を運ぶ水運の拠点として行徳に河岸が設けられたそうです。
幕府に保護されていた行徳で作られる貴重な塩を、
江戸まで運ぶ為の重要な場所でもあっつたとか。今は面影も有りませんが、
「塩浜」「塩焼」「本塩」の地名や、通称「塩場寺」と呼ばれる法善寺が
今も残っている程、かつての行徳は塩の産地として知られていたのであります。
行徳の塩は川をさかのぼり、野田や北関東、江戸川や利根川の近くで造られる
醤油や味噌の原材料にも利用されて、地域産業の発展にも役立っていたみたいです。
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江戸後期の行徳は、江戸町民たちの間で成田山詣がブームとなり、
船で行徳に立ち寄り、成田まで歩いて向かう人々の往来で賑わっていたとか、
寺町行徳自体も三十三の観音菩薩の尊像、札所を巡る行徳巡礼や
塩田の見学、潮干狩り等々と、日帰り出来る行楽地として人気があったとか。
なんだか今も昔もレジャータウンのような雰囲気なのであります。

しかしながら、明治時代の鉄道の普及で水運は衰退し、
大正時代の大津波では塩田の殆どが奪われ、
河岸の活気と塩は姿を消してしまった。
とのことであります・・・。
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常夜灯が立つ場所は今は整備された公園。
おばぁ~ちゃんが塩では無く、
とれたてのシジミをのんびり売ってました。(スーパーの1/5値位?)
ちびっこ達が駆けずり回り、おじさん達は釣り糸を垂らし、
ただただ川が静かに横たわるのどかな公園。
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建立1812年、高さ約4.5m。
川や人々を見守り続ける常夜灯越しに夕日が灯りました。
ここから眺める夕焼けはなんとも綺麗で心落ち着く場所なのであります。
たぶん昔も。
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by chibanokoto | 2013-01-12 18:59 | 最近体験した●●●のこと  

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