八街のお茶のこと

「遠くからお疲れ様でしたね」と、さし出されたお茶は
製茶園の深澤さんが入れてくれた八街茶。
和みや癒し、おもてなしの心を感じる一杯のお茶なのであります。
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八街と聞くと落花生のイメージですが、
佐倉や冨里を含め旧佐倉藩の領地には製茶の歴史があるのです。
明治維新、廃藩置県によって職を失った佐倉藩士の為に、
1871年(明治4年)に「佐倉同協社」が設立されて、
払い下げを受けた藩の領地を開墾して茶畑を開いた事に始まる歴史です。
1875年に初収穫、翌年には「JapanTea SAKURA」としてニューヨークへ輸出、
最盛期には1200tの収穫量を誇る180haの大産地だったのですが、
1920年(大正2年)に佐倉同協社が解散すると製茶産業は衰退してしまい、
お茶の産地は落花生の生産地へと次第に切り変わって行ったとのことです。
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お伺いした深澤さんは八街で千葉のお茶を作っています。
やぶきた茶の他に在来種のお茶も育て、お店の裏の製茶場で加工して販売しています。
畑は10ヶ所程あるそうで、それぞれに個性ある茶葉が収穫出来るといいます。
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中でも特徴的なのが段々畑。水はけ、通気性が良く(景色もすごく良い!)
短い日照時間と、寒暖差で発生する霧が茶葉に地の味と個性を与えると言います。

♪夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る♪
    ♪あれに見えるは茶摘みぢやないか あかねだすきにすげの笠♪

訪ねたのは1月中旬なので、木はまだ濃い緑に包まれていて葉も硬いです。
収穫が始まるまでは、ある程度葉を茂らせて霜から木を守っているからであります。
3月に入り暖かくなると手を入れて柔らかい新芽が育つのを待ち、
立春から数えて87日目の八十八夜くらい、
5月初めになると青々とした新芽が摘まれます。

摘まれた茶葉は直ぐに加工場へ運ばれて蒸し機に掛けられます。
蒸し時間の長さによって「味、香り、色」が決まる重要な作業です。
蒸し上がった茶葉は熱風を浴び揉みほぐされ、
柔らかく、水分を抑え、細胞を壊して成分を抽出し易くする為に
熱を加減しながら細く伸びた形に整え、乾かして出来上がります。
最終的に茶葉は、1/5位の量になっていると言うからビックリなのであります。

最初の茶葉が収穫された後、次に出てくる芽が二番茶。
その後も三番茶、四番茶と摘まれて3か月位で収穫期を終えるのです。
ざっくり一般的なお茶「煎茶」が出来るまでです。

煎茶よりも倍の時間を掛けて茶葉を蒸す「深蒸茶」は色濃く渋みが少ないお茶。
加工後選別された茎の部分が「茎茶」で、
ふるいにかけた時に残る細かい部分が「粉茶」
加工後の茶葉を炒って香ばしさを引き出した「焙茶」はスッキリした味わいのお茶。
(これがほうじ茶なのか!と、甘くてさっぱりしてすごく美味しかった)
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どれも同じ木から成る違う味わいのお茶です。
「玉露」は茶木を覆い光を遮って育てた茶葉の柔らかいお茶です。
限られた収穫期に、1年分のシーンに合わせた様々なお茶を用意しいているのであります。

「煎茶も番茶もそれぞれ皆個性があって、いれる温度で味もかわります。
どれが良いとか難しい事は置いておいて、いろいろと味わってみて下さいね」
と、深沢さん。

なるほど、あつーいお茶を顔しかめて飲むおじいちゃんも、
ぬるく抽出して旨味を楽しむおばあちゃんも、
食後にさっぱり軽めのお茶をぐいっといくのも、それぞれが
ホッとする時間をお茶と一緒に味わっているわけであります。
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帰り道、高速道路のSAの給湯器で無料のお茶が振舞われていました。
「ま、お茶でも飲んで一休みしておいき」と、気遣われているようであります。
海外ではこんな文化はあるのだろうか?
無料のコーヒーなんて聞いた事ないなぁ。
旅館や料理屋でも、ここぞのタイミングでお茶が差し出されます。
日本人にとって、お茶は飲み物の枠を超えて
自分や相手の心をもてなす為のものなのかもなぁと、
ガラニモナイコトを思う一日なのでありました。
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by chibanokoto | 2013-01-18 04:17 | 最近体験した●●●のこと  

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