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銚子の古酒「壽慶」のこと

銚子の酒蔵、飯田酒造場さんで清酒「がんこ者」を買い終えた後、
棚の奥を見てみたら隅に古酒が陳列されていました。
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聞くと1993年醸造の純米古酒とのことです。
琥珀色のこの古酒の名は「壽慶」(ジュケイ)、
長期間、飯田酒造場さんの土蔵で熟成を施された琥珀色の古酒です。
迷わず購入。
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老香は感じられず、深い甘味と穏やかな酸味、程よく心地よく広がるビターな余韻。
20年近い熟成を備えた古酒ですが、控えめでバランスがとても良く、
初めて古酒を召し上がる方にお勧めの一本です。

穏やかさの中にぐっと広がる独特の旨味は麹由来のようです。
通常の日本酒の麹歩合は2割と言ったところですが、
この壽慶の麹歩合は贅沢にも36%と、ふんだんに麹米を使用しています。
飯田酒造場さんのお酒は、旨味がありシャープなお酒がモットーのようですが、
20年近く時を過ごしたこの古酒にも、
「がんこ蔵」のポリシーがしっかりと守られている事が分かります!



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・原料米  山田錦、八反錦、あけぼの 
・精米歩合  66%
・16度以上17度未満
・720ml 1,905円

・飯田酒造場  銚子市清川町2-1-2



飯田酒造場の清酒「がんこ者」のことへ
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by chibanokoto | 2011-08-22 03:25 | 最近体験した●●●のこと  

銚子の清酒「徳明」のこと

関東の最東端、銚子に出掛けてきました。
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北は利根川、東は外房の海に面し、古くは江戸の町へ続く水運で栄えた町です。
気候は夏涼しく冬暖かい海洋性気候。熱帯夜になることも雪が降ることも殆ど無いそうです。
北上する黒潮と、南下する親潮が沖合で交じりあう銚子の海は漁業も盛んで、
夏場は全国有数のイワシの水揚量を誇り、岩ガキが最盛期を迎え、
ちばのブランド魚「釣りキンメ」の祭りも毎年行われ賑わいを見せます。

「銚子」の名前の由来は、狭い入り口から広い空間に拡がる利根川の河口の形状が、
三三九度などの儀式に用いる長い柄のついた古式酒器、「銚子」に良く似ていることから
そのまま地名になったと言われていて、酒好きのうんちくにもシバシバ登場します。

水運の便と気候条件の良さからか、醤油や味噌の醸造業も発展し
新鮮な海の幸も揃う町、銚子には当たり前のように酒蔵が存在します。
利根川沿いには明治7年(1874年)創業、
幸運の兆しを意味する 「祥兆」(ショウチョウ)の小林酒造さん。
本銚子(もとちょうし)では関東最東の酒蔵として、
創業慶応元年(1865年)、石上酒造さんが「銚子の誉」を提供しています。

今回訪問したのは銚子駅に程近く、明治元年(1868年)創業の飯田酒造場さんです。
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メインブランドは「徳明(トクメイ)」
手作りによる品質本位の姿勢を守り、頑固一徹、昔ながらの酒造りが行われています。

あいにく社長は不在でしたが、案内をしてくれた奥様いわく、
「うちは社長の信じる酒を造ることを信条としています。社長は頑固だから…」とのこと。
麹室には無数の麹蓋がつまれ、室の厚い壁の断熱材には、ぎっしり籾殻が詰められています。
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全量長期低温で醗酵され搾りも全量槽しぼり。
徹底的に目の行き届く範囲で造られる酒の出来高は、精々100石といったところらしいです。
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現代では受けの良い酒とは言えないかも知れませんが、
米の旨味がたっぷりとのった、どれも地酒らしい味わい深い酒です。
お酒は甘い辛いだけではなくバランスが大切です。
特に飯田酒造場さんの酒は旨みある酒なので、香りを含め調和が重要。
頑固じゃなきゃ、とても出来ない繊細な醸造なのかも知れません。


今回買い求めたお酒は本醸造「がんこ者」。
蔵のイメージを、そのまま打ち出したお酒です。
麹やお米の旨みがせり上がり、スパンと余韻を断ち切る男酒。
アル添とは、こうあるべき物なのかもしれません。
「社長は頑固だから・・・」とつぶやく、自慢げな奥様の顔が思い浮かびました。

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・麹、掛米 八反錦、美山錦
・精米歩合 66%
・15度以上16度未満
・720ml 750円

・飯田酒造場  銚子市清川町2-1-2


飯田酒造場の古酒「壽慶」(ジュケイ)のことへ
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by chibanokoto | 2011-08-22 03:05 | 最近体験した●●●のこと  

市川の梨のこと その4

市川市の梨の出荷が始まりました!
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例年より10日ほど遅い初出荷となるそうですが、
今年も甘くてシャリシャリな幸水が、先陣を切って旬が始まりました。
画像のようにおへそを上に向けて出荷されるのが幸水で、
茎が上になって出荷されるのが豊水です。
茎目が綺麗なので豊水は上を向いているそうです。
幸水と豊水は旬が重なる時期があるので、お買い求めのときに参考になるかも?

収穫された梨は傷や日焼け形を見極めて、
量りに乗って重量毎に分けられトレイに組まれていきます。
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今年の梨はなんだか感慨深いです。
交配、適果、苗植えと色々な畑を見学させて頂き、7月は接木、袋掛けも教えて頂きました。

【接木の画像】前年の枝振り実成りを見て、
枝を減らしたり足したりするのですが、半年でここまで融合するって凄いですよね。
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【袋掛けの画像】病気や害虫、日焼けを避ける為に行われます。
農園の考えや、品種によってやったりやらなったりするのですが、
大変だけど農薬も少なくて済むそうです。
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こうやって袋掛けされると目立つので、こんなに実ってたんだと改めて実感します。

毎年梨が始まると、寝起きや日中の水分補給に食べ、
夕食時はデザートやサラダ感覚で食べたりと、この時期は梨が食卓を彩ります。
私は晩酌で梨とパルメザンチーズを合わせ、お酒のあてにしています。
食感とチーズの塩気と梨の甘味が重なり、ワインでも日本酒でも良く合います。
今年の夏は是非お試しあれ!


市川の梨のこと その1へ
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by chibanokoto | 2011-08-10 05:39 | 最近体験した●●●のこと  

千倉の鯖節のこと

千倉漁港のすぐ近くで、海風をたっぷり浴びるカワハギの干物を見つけました。
干物加工は、ここ南房総の主要な産業でもあるそうです。
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カワハギ干し場の奥から良い香りがするので、覗いてみたら大量の鯖がさばかれています。
ベテランのおばちゃんから、「そんな遠くに居ないで中に入って来な」 と
招かれるまま進んでみると、そこはなんと鯖節加工場でした。
外まで漂っていたのは燻された鯖の香りだったようです。
作業の手を休め、おばちゃんによる「鯖節が出来るまで」の案内が始まります。
日本人の主成分?だしの原型を、こんなに間近で見れて家族一同興奮気味です!

おばちゃんの解説によると…

まず、鯖の頭とワタを取り枠に並べて行きます。
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使う鯖は脂が乗っていないゴマ鯖。脂肪分が多いと、
酸化してしまったり、出汁をひいた時にアクや油が出てしまうので、
このての鯖のほうが鯖節に向いているそうです。
(鮮度が良すぎても旨みが乏しい鯖節になるので、冷蔵熟成させる事もあうようです)

鯖を枠ごと小1時間煮出します。
豪快に枠を取り出した煮釜のお湯は、鯖スープのようでなんだか美味しそうです。
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煮釜から上がった鯖を冷まし水分を落とし、
身を左右に割り中骨などを取り除き、 大きさを揃え燻し作業に入ります。

使う木はナラの木の様です。火は燻製庫の下からでは無く横にくべます。
横から火を焚き煙を送ることで、庫内の温度を抑え管理しているようです。
(温度計は60℃を示していました。)
一日燻製に掛けられた鯖は、加工場で2日間掛けて冷まされます。
この燻製作業を4~5セット繰り返し徹底的に水分を抜くそうです。
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燻された鯖は雑菌の増殖を防ぐ為に殺菌庫に移され、
湿度が保たれた室でカビ付けが行われます。この間1ヶ月。
カビ菌によって更に水分が吸収され、旨味も濃縮するそうです。
その後は天日干とカビ付けを繰り返し半年間掛けて鯖節が完成するそうです。
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ゴマ鯖が煮鯖?になって、燻製になり、
発酵食品となって最後は出汁になります。日本人って凄い。

出来上がった鯖節をおばぁちゃんが、拍子木の様に叩くとキンッと硬く澄んだ音がしました。
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完成した鯖節です。
普段の生活であまり見る事はありませんが、千葉の鯖節は房州節と呼ばれ、
昔から江戸前の蕎麦屋さんは欠せない、濃厚で甘味ある高級節となるそうです。

羽山商店のおばちゃんには感謝です。仕事の合間をぬってご紹介頂いたので、
聞き間違えている事もあるかも知れませんが、とても為になる見学をさせて頂きました。
おばちゃん、ありがとうございました!
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・羽山商店   南房総市千倉町忽戸530

千倉の料理の神様のことへ
ちばのくじらのこと その1へ
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by chibanokoto | 2011-08-06 03:19 | 最近体験した●●●のこと  

岩井海岸の地引網のこと

早朝5:00、南房総市岩井海岸。
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この海岸では、地元の民宿の方々の主催で「地引網体験」が行われています。
宿泊者へのサービスの一環なのですが、子供中心に誰でも無料で参加させてくれます。
5:30、海岸に「地引網会場」ののぼりが立ち、続々と子供たちが集まってきました。
大抵30~40人位で引いていると聞いていたのですが、
この日は臨海学校で滞在中の小学生連隊も参加して大賑わいです。
仕掛けを持った漁師さんが小型漁船で登場です。
二手に分かれた参加者の片方のグループにロープの端っこを託し、
船は網を落とし込ながら沖へ進みます。
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目測100m?程で折り返し、もう片方のロープの端っこを、
岸で50m位離れて待機するグループに渡し、海にU字型に網が張られました。
漁師さんの合図でロープを引きはじめます。
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海から岸に向かい引き歩き、岸の中程に着いたらまた海へ走って戻りロープを引き、
離れたグループとの距離を狭めて行きます。
開始5分、ロープの部分が終わり網がみえてきました。(ぐっと重くなる)
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開始7分、網に何か見える。???ヒトデ、わかめ… (子供達の期待と不安が入り混じる)
開始10分、魚が見えてきた。(漁師さんが網を手繰ってくれる。)

岸に網が上がると、思いのほか沢山の魚が取れていました。
小魚が主でしたが、なかなかの大きさの鯛も数匹混じっています。
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早速参加した子供達で山分けです。が、人数が多すぎて行き渡りません。
小魚は漫画のように息子の直前で品切れ・・・。 
鯛を掛けたジャンケン大会でも一発敗退・・・。
残念ながら収穫には有り付けませんでしたが、貴重な経験をさせて頂きました。

半べその息子は、盛り上がるジャンケン大会を尻目に、
波打ち際で、黙々と道具の片づけをしていた漁師さんにお礼。
「とっても楽しかったです・・・。ありがとうございました!」
何やら二人で海や魚のことをしばらく話していましたが、最後に漁師さんが
「沢山取れなくてゴメンな、また来いよ!」と。
いえいえ、漁師さんと民宿の方々の懐の深さに感激です。

駐車場に向かう途中、地元のお母さんが天草を分けてくれました。
思いもよらない収穫です!丁寧に寒天の作り方を教えてくれたので、
今、我が家では天草の洗浄と日干しを繰り返す毎日です。
寒天が出来る日を楽しみに、
息子の岩井海岸での体験は今日も続いているのであります。


南房総市観光案内岩井案内所(岩井駅構内)  南房総市市部146

・保田漁港の定置網のこと
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by chibanokoto | 2011-08-05 02:55 | 最近体験した●●●のこと  

千倉の料理の神様のこと

JR内房線千倉駅から2kmの場所に鎮座する高家神社(タカベジンジャ)は、
日本料理の神様を祀る唯一の神社と言われています。
派手さや飾り気の無い藁葺きの社殿はとても簡素で静粛であり、
空と参道から見下ろす海の青さも手伝い、とても清々しい場所です。
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祀る料理の神様は「御食津神、磐鹿六雁命」(ミケツカミ、イワカ ムツカリノミコト)
尊称は「高倍神」(タカベノカミ)と言います。なぜ料理の神様なのか?と言うと、

由縁書きや「高橋氏(子孫)文」、「日本書紀」「古事記」等から推測するに…

大和朝の時代、第12代景行天皇(ケイコウテンノウ)が息子である
日本武尊(ヤマトタケル)が平定した東国を見たいと、淡水門(アワミナト)
<=安房の港=館山辺り?>を訪れます。
すると覚賀鳥(カクカノトリ)<=鷹科の鳥で飛びながら水中に突っ込み魚を捕える>
の鳴き声が聞こえたので、姿を見て見たいと海へ向かいました。
同行していた磐鹿六雁命(イワカ ムツカリノミコト)は
弓の弦を海に垂らして見たところ、堅魚(カツオ)が釣れたうえ、
足元に大きな白蛤を見つけました。早速調理し、ナマスにして献上したところ、
景行天皇(ケイコウテンノウ)がその技術に賛美し、
磐鹿六雁命(イワカ ムツカリノミコト)は朝廷の食事に関する官職の長官にあたる
膳大伴( カシワデノ オオトモベ゙)を賜ったとのことです。

さらに磐鹿六雁命(イワカ ムツカリノミコト)の子孫は大膳職(ダイゼンシキ)を継承し、
子孫が絶えるような時は天皇家から後継ぎを送り、代々途切れることなく
朝廷の食事を司るように命じられたそうです。
後の大膳職(ダイゼンシキ)は宮中の餐膳を担当し、その組織内には
調味料の調達、製造を担当する醤院(ヒシオツカサ)があったそうです。
調味料=醤(ヒシオ)であり、穀物や魚介を発酵させたものです。
味噌や醤油醸造の基礎になった物でもあります。

後に磐鹿六雁命(イワカ ムツカリノミコト)は宮中大膳職(キュウチュウ ダイゼンシキ)の祭神、
料理の祖神となり、醸造・調味料の神「高倍神(タカベノカミ)」として
高家神社に祀られたそうです。
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高家神社は延喜式神名帳には記載されていた社ですが、
実は長い間その所在が分からなくなっていたそうです。

元和六年(1620年)現在の高家神社宮司の始祖が、
当地の地中から木像と二面の御神鏡を見つけたのでお社を建てました。
その後200余年、この鏡面に御食津神(ミケツカミ)磐鹿六雁命(イワカムツカリノミコト) 
と記されていることが分かり、所在があきらかでなかった
高家(タカベ)神社のご神体であるとして、文政二年(1819年)
京都吉田神社に願い、証を戴いたとされています。
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高家神社では、毎年10月17日と11月23日に包丁式が執り行われ、
料理人や醸造関係者をはじめ多くの方々が見物に訪れるそうです。
直接素材に触れず、左手に持った箸と右手の包丁で捌く
古式料理法、四条流に則り厳粛に執り行われるそうです。
料理や醸造に係わる方々は、一度参拝してみては如何でしょうか?

・高家神社 南房総市千倉町南朝夷164


ちばのくじらのこと その1へ
ちばの鯖節のことへ
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by chibanokoto | 2011-08-03 02:53 | 最近体験した●●●のこと  

ちばのくじらのこと その2

捕鯨基地がある南房総、和田漁港から海岸沿いを、
南へ15分程車を走らせると千倉の町に入ります。
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捕鯨基地が和田漁港に移る前は、ここ千倉の港が捕鯨の拠点でした。
この町にも、くじらの文化が色濃く残っています。
県道297号線、フラワーラインに入ったっ所で、
天日でくじら肉を干している作業場が目に入りました。
江戸時代から伝わる保存食、郷土食の「くじらのたれ」です。
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ここハクダイ食品さんでは、醤油や塩がベースのたれに2日漬け込み
5㎜位の厚みにスライスした赤身の肉を、丁寧に天日で干しています。
言わばくじらジャーキー、くじらの干物といった感じです。
直火でさっと炙り、手で裂いて食べるのですが
牛の干し肉には無い弾力と、ふか~いコクが口一杯に広がります。
マヨネーズを漬けてご飯のおかずとしてもなかなかの物です。
頂いたのはソフトタイプの物でしたが、
本来の昔ながらの「くじらのたれ」は硬干しされ、歯応えがあり食べ応えもあります。
江戸時代から、くじらの肉を大切な食料として保存する為に考えられた知恵ですね。
ハクダイ食品さんのお話では、ツチクジラのような歯くじらは、
髭くじらに比べて、焼いて食べた方が美味しい成分が多く含まれているとの事でした。
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漁師町ですし、これだけ酒好きの心をくすぐる肴があるのだから
きっとそれを受け止めるだけの地酒があるに違いないと、
酒造組合のサイトを見てみたら、千倉駅の直ぐそばに酒蔵があるのを発見しました。
ハクダイ食品さんから、車で10分も無いところでしたので探して見たのですが、
それらしい建物が見つからず、住所近辺の酒屋さんに訪ねてみた所、
なんとそこがお目当ての酒蔵さんでした。千蔵酒造(チクラシュゾウ)屋号は野村屋。
現在は野村屋酒店として、お酒の小売業を営んでいるそうで醸造免許は維持しているが、
30年前から造りは行っていないとの事でした。
創業明治29年、清酒「千倉正宗」「富泉」を醸していた野村屋さんは、
かつては千葉最南端の造り酒屋さんでもありました。
帰り際には「折角訪ねてくれたのにスミマセンでした」とご挨拶まで頂きました。
お酒が手に入らずちょっと残念でしたが、当時のお話と千倉の町のことを教えて頂きました。

その一つが、野村屋さんから車で5分の所にある高家神社(タカベジンジャ)のこと。
そこは日本で唯一の料理の祖神をまつる神社なのだそうです。


・ハクダイ食品    南房総市千倉町白子1539
・野村屋酒店     南房総市千倉町北朝夷 212


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by chibanokoto | 2011-08-02 03:30 | 最近体験した●●●のこと  

ちばのくじらのこと その1

千葉県南房総市、和田漁港に出掛けてきました。
ここ和田町では、毎夏26頭のツチクジラが水揚げされます。
そして捕鯨基地と呼ばれるこの港では、くじらの解体を公開しています。
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はじめは息子を連れて行く事に迷いもありましたが、
我家で息子は、野菜を育てているし、魚をさばく手伝いもする。
近所の諸先輩の子供の頃は、大抵自宅で鶏や山羊を飼っていて、
「食」と「生」が日々のくらしの中に常にあった、と言う話も聞いている。
食材がお皿にのるまでには、多かれ少なかれこんな場面がある事を
「隠す事でも無いし、今無理に理解させる事でもないな」と
難しい話しは抜きにして、体験として何かが残ればと出発しました。

8月1日午前1時半、捕鯨基地に到着すると、あたりは薄暗く
「本当にここで間違いないか?」と思うくらい静かな港でしたが、
捕鯨基地を管理運営する「外房捕鯨㈱」さんのブログで公開されている
捕獲情報と解体予定日時に合わせて人が集まってきました。
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午前2時、基地に明かりが灯ると、
20人位の漁師の方々が淡々と作業に入りました。
作業場に水を撒き、腹と腸を切断しガス抜きをし、
海に繋ぎ数時間熟成されていたツチクジラを、ウインチで引き上げます。
近くにいた人の話では、房総半島沖約20㎞で捕獲した
体長10m以上、体重10t以上の大きさのツチクジラだそうです。
想像以上に大きいです。

くじらは海面近くのプランクトンやおきあみ等を捕食する髭くじらのグループと、
水深数千メーターまで潜り、鱈やイカを主食とする
歯くじらのグループに分けられるそうです。ツチクジラは歯くじら。
歯くじらは髭くじらに比べると、肉色も味わいも濃く深いそうです。

解体前に水産庁の調査員?により計測作業が行われます。
(その後も胃や歯?などのサンプル収集と計測が随時行われていました。)
息子の「何の為に?」との問いに、
・大きさと歯を見れば、だいたいの歳がわかる。
・お腹の中を見れば、どの辺にいてどんな物を食べていたかがわる。
・調べていけば行くほど今の海の様子もわかる。
・・・のでは・・・と、妻が教えていました…。
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解体が始まります。最初から最後まで一貫している事は、
漁師の方々も、見学者も誰も喋っていない事。
ウインチ操作の合図の声が響くだけ。
大袈裟かも知れませんが実に厳粛です。

先ず背中に、なぎなたの様な大きな包丁で切り込みを入れていきます。
皮目にキッカケを作り、そこにワイヤーを通しウインチで巻上げていきます。

バリバリと音を立てながら分厚い皮と脂身が大きくめくれていきます。
腹と側面の皮も剥ぎ、作業場奥に送ると
すぐさま均一の大きさに切られ、氷漬けにされます。
「ころ」と言われる料理に使われる部位です。
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くじらの表面に赤身の肉が現れました。
これも同じようにウインチで巻き上げていきます。
背中側を剥いでいる間に、内臓が取りだされます。
調査員の方も忙しそうです。
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赤身の肉も、奥の作業場で正肉用にカットされていきます。
半身がさばかれ頭を落とし、大きな中骨の間に詰まってる肉も削ぎ取ります。
軟骨を含む「はぎ」と言われる部位で、煮込みにすると美味しいそうです。
中骨と、腹、背側の赤身を取り、最後の半身の皮を巻き上げます。
8枚おろしになるのでしょうか?ここまでの作業でおよそ1時間半。
あれだけの大きなくじらがさばかれ、頭部だけが残りました。
確かに木槌のような形です。
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この後は正肉にされ、卸業者の方や地元の方、見学者へ販売されていきます。

作業場の脇に、捕獲に使った銛が置いてありました。
黄色い銛が、腹部に打った一投目で、しばらく泳がせ弱ったところを
銀色の銛を頭部に打ち捕獲したようです。長さはおおよそ1m?
くじらの力強さと皮膚の厚みを物語っているようです。
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千葉には遺跡や貝塚が多く、くじらの骨も度々出土しています。
くじらの骨に石器が刺さった?物も見つかっているそうで、
縄文時代から人とくじらの係わり合いがあったことが伺えます。
くじらは捨てるところが無いと言われています。
1頭のくじらが食材や資源、資材となり、多くの人の暮らしを満たします。
港のそばには、くじらへの感謝と供養の為の「鯨塚」や「石碑」も見受けられます。

ちょっと調べてみると、1600年前後には安房勝山で商業捕鯨が行われていたようです。
1700年前後になると「鯨組」「突組」と呼ばれる捕鯨チームが組織化され、
幕末、明治の混乱期を経て、房総沖に近ずくように、館山、安房白浜、千倉へと
捕鯨拠点は移り、和田町に外房捕鯨株が設立したのは昭和23年の事になるそうです。
基地が移動するたびに、千葉の南端に深くくじら文化が根づいたのかも知れません。

・和田漁港(外房捕鯨株式会社)  千葉県南房総市和田町和田662


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by chibanokoto | 2011-08-01 19:57 | 最近体験した●●●のこと